2016年8月17日水曜日

腰椎椎間板ヘルニアの顛末

私の勤務する病院には、CT(コンピュータ断層撮影)はありますが、MRI(磁気共鳴画像撮影)はありません。そのため、患者さんにMRIの撮影が必要な時には、近所の脳神経外科クリニックで撮ってもらうという、医療機関同士の提携になっています。

腰もこのクリニックでも撮影できると思いますが、私の場合は腰痛なので、せっかくだから腰痛に長けた病院で検査を受けようと、インターネットで上位検出された(もしかして、お金を払って検索エンジンで上位表示されるようにしている?)、地域でもっとも腰痛患者を集めているとされる(少なくともネット上は)某病院に、午前中に休みを取って出かけてみました。私の病院から車で30分少々で行ける距離にあります。

その病院は救急指定病院で、救急車以外、診察を受けるのはオール予約制です。今回も3週間ほど前に「MRI撮影を予約したい」ということで電話したところ、7月は予約がいっぱいとのことで8月某日になったのです。

電話で予約をしたころにはまだ症状が強く出ていました。最初は下肢の痛みだけでしたが、じわじわ腰の痛みも出現しはじめ、腰椎椎間板ヘルニアの可能性がほぼ確実になっていた時期でした。ちょうど整形外科の主治医K先生から、急性期の炎症を押させるためのステロイド点滴や、抗炎症剤の処方を受けて炎症を抑えると同時に、リハビリテーション科での私専任の理学療法士による、整体的な療法(なんと呼ぶ治療法かわかりませんが)を受けたり、さらに私の病院に附属する鍼灸治療院で鍼灸治療を受けたりして、その後に症状、痛みはなくなってきたのです。

ところが、MRI検査のこの日はなぜか朝から痛みがぶり返したようで、左の下肢にかけて違和感があります。軽自動車で向かったのですが、クラッチを踏むたびに左太ももにズキンという鈍痛が走ります。オートマチック車で来ればよかったと後悔したほどの痛みでした。歩いたり座ったりはほとんど苦も無く可能ではあります。

病院に到着し、保険証を提出して受付すると、A4サイズで2ページほどの問診票を渡されました。既往歴(これまでにかかった病気)を書く欄の多くは選択式で、細かいことまで書き込めませんし、私の最大の既往症である急性膵炎を書くこともできません。欄外に書けばよいのですが、別に検査だけなので詳しく書かなくてもいいだろう、ということで省略しました。

というわけで、今回はMRI撮影という検査だけの外来だという認識でいましたし(少なくとも電話の時点では説明はなかった)、そのつもりでロビーで呼び出されるのを待っていたのです。しばらくすると看護師に呼ばれて、血圧測定とともに看護師問診が始まりました。この時に、頚椎の手術歴があり、とある脳神経外科病院で後方から切開する手術を受けて完治したこと、急性膵炎の既往があること、高血圧に対して降圧薬を飲んでいること等を申し出ました。この看護師問診、なかなか気が利くと思ったのです。だって、検査だけなのに、ずいぶんと丁寧だな、などと感じたからです。

続いてリハビリと放射線科の合同待合スペースでMRIの順番が来るのを待っていたら、ちょうど予約の時間ぴったりに放射線技師に呼ばれてMRI室に入り、20分もの間じっと動かず我慢してMRI撮影が終わり、そのあと、これまた予定になかった(と思われた)単純レントゲン(CR)撮影も済ませ、11時前には会計前のメインロビーで待つことができました。単純レントゲン撮影があるということは事前に聞いていませんでしたが、まぁ、骨の位置情報がわかりにくいMRIだけというよりも、単純レントゲンを組み合わせて、今後の治療方針の役に立てばいいや、ぐらいに考えていたのです。

あとは会計を済ませ、数百円の加算料金でCD-Rに焼いた画像データをもらえば終わりと思っていましたが、いつまでたっても名前を呼ばれません。30分経っても呼ばれず、1時間を回っても呼ばれないのでイライラしていますと、外来ブースのほうから私の名前を呼ぶ声がするのです。しかも、「診察室におはいりくださ~い!」と言うではありませんか!

あれ?診察もあるのかな?聞いてないよ、と思いながら診察室に入ると、受付に置かれた病院パンフレットでご尊顔を拝見していた院長センセイがにこやかに私を迎え入れてくれました。そうです、MRIの検査だけではなく、診察がセットだったのです。このときも、「そうか、検査だけの外来は保険が取れないのかな、だから診察があるのかな」などと良心的に考えてしまいました。私は保険診療については詳しくないどころか、まったくの門外漢なのです。院長センセイの机に置かれた紙カルテには、おそらく先ほど問診した看護師によるものと思われる、私の情報がびっしり記載されているのが見えました。

院長センセイは、簡単に問診を済ませると、さっそく私をベッドに寝かせて下肢の診察をします。左のほうがわずかに知覚鈍麻があるということで、左のヘルニアだとのことでした。そして撮影したばかりのMRI画像をモニターで示しながら説明してくださいます。第4と第5腰椎の間から出ている神経の根っこ(神経根)が、出っ張ってきた椎間板(これがヘルニア)につぶされているのだといいます。予想はしていましたが、こうして画像で見ると、ちょっぴりショックですね。

で、院長センセイはキッパリと「レーザー治療の適応です!」と断言するじゃありませんか! つまり、薬物療法やリハビリなどの説明はすっ飛ばして、いきなり保険適応外の高額なレーザー治療を勧めてきたのです。いつかどこかで勧められる予感はしていましたが、さっきMRIを撮ったばかりの、しかも自分では早期ヘルニアだと思っている私に対し、治らなくても40万円は返ってこない、PLDD(percutaneous laser disc decompression)というレーザー治療を勧めてきたのでした。

あっけにとられたので、その場で「実は私は医師で、いつも座り仕事が多いんです」と告げて、顕微鏡をみる姿勢を示しながら言うと、院長センセイはますます畳み掛けるように、「早期だからこそ、レーザーのいい適応なんですよ」と言いますし、それを受けて同席しているベテラン看護師さんも「うんうん」とうなずいているではありませんか。

ここで私も抵抗を見せるべく、「センセイ、この治療法の長期成績はいかがでしょうか?」と恐る恐る尋ねますと、煙に巻くように「だいたい7割ぐらいの患者さんが満足していますよ~」と、答えになっていないお返事。

MRIだけの受診が一気にレーザー治療しましょう、みたいな段階までごり押しされて、あっけにとられてロビーで会計待ちしていたら、今度は、さきほどまで入口にある総合案内に立っていた女性事務職員が私を呼び、総合受付の隣にある「説明室」で、この病院で可能な治療の説明をし始めました。彼女はいわゆるメディカル・コーディネーターと呼ぶべき事務職員なのでしょうか。それとも医師事務作業補助者かどうか、とにかくわかりませんが、私を高額な自由診療の魔の手に引き込もうという算段です。

治療にはレーザー治療(PLDD)、オゾン治療(PODD)、その両方のハイブリッドの3つがあり、いずれも保険適応外の自費診療で、それぞれ税抜き40万円、20万円、45万円とのことでした。さらに患者満足度を円グラフで示し、前2者は70%の満足および改善率だといいます。また、「症状改善がみられない場合でも返金できません」ということを強調して示されました。オゾンというのは、イタリアやインドで多く行われている、オゾンの消炎作用を生かしたものだそうですが、なぜレーザーより半額なのかは、よくわかりません。このコーディネーター女史にオゾン治療の原理を尋ねてみますと、「髄核をミイラ化させる」とのことでしたが、本当でしょうか。椎間板変性がヘルニアの原因であることもあり、椎間板自体の水分量が減ることも一因です。つまり、干からびてミイラになってしまうと、逆にヘルニアが悪化してしまうのではないかと思いました


いずれの治療も毎週3回行っており、朝早くに来院し、15分ほどの施術で午前中には帰宅できるというではありませんか。そして、もし今日この場で、これら治療の予約をお取りいただければ、8月中に予約できて、今日のMRI検査等も費用に含まれて治療時に請求されますが、今日予約しないと今日の分は保険適応で3割負担になりますが、治療の予約もさらに先の9月以降になるといわれました。もう、こうなると悪徳商法の香りが漂ってきます。

私が一番尋ねたかったのは、「どなたが治療の術者になられるか?」ということでしたが、彼女曰く、「院長です」とキッパリ断言します。この病院には、もうひとりも治療担当医として名を連ねているようですが、私の治療は院長が担当するとのことでした。

結局、病院を出たのは当初の予定より1時間半近く遅れ、自分の病院に戻ってきて、持ち帰ったCD-Rの画像データを放射線技師に頼んで電子カルテに入れてもらい、午後からの整形外科外来にかかることにしました。

整形外科のK先生は、私が全面的に信頼を寄せる医師です。 診察の順番は外来の最後でよいと受付に伝えていたので、18時半になって呼ばれ、診察を受けました。前述したような今日の顛末を伝え、電子カルテで私のMRIをみたK先生は、

 「詐欺病院や! はらわた煮え返るわ! 成敗せなアカン!」

とご立腹ではありませんか!

MRIをみると、私のヘルニアはヘルニアと呼べるようなレベルではなく、確かに後ろに出っ張っているものの、それによって神経がわずかに引き連れていて、引き連れに伴う炎症があるレベルだとのことです。それは前からうかがっていたし、1か月もすれば完全自然治癒するとのことでした。事実、今日もまったく痛みがありません。日常生活に支障はありません。

現在では、痛みどめの飲み薬も貼り薬も使っていません。K先生の診察を受けて、ようやく完全に我に返り、某病院の怪しい医療から目が覚めたのでした。

それにしても驚かされるのが、自由診療の値段の幅です。今回、腰椎椎間板に対するレーザー治療をインターネットで検索してみると、全国で48の施設がおこなっていて、それを専門に行っている某クリニックのホームページには、理事長がやれば750,000円、下の医師がやれば400,000円(注釈:理事長指導のもと施術)と書いてあるではありませんか!

そもそも、保険がきかないというのは、その効果を厚生労働省が認めていないことではないでしょうか。保存的治療をすっ飛ばして、いきなり保険適応外で長期成績不明な治療法に持っていく。この病院にかかると考える暇を与えずに丸め込まれ、医療の専門家でも正常な判断を誤ってしまう可能性があると思われました。

ちなみに私は20年ぐらい前の大学病院勤務時代、脳神経外科医の「腰椎椎間板ヘルニアに対するレーザー治療」の研究をごく一部ですが手伝ったことがあるのです。椎間板の代わりに豚の肝臓に針を刺してレーザー照射し、組織学的な変化をみるというもので、個体(組織)が蒸散、すなわち昇華するのを顕微鏡で目撃しています。その後、母校では長期成績に満足な結果が得られず中止されたというのを聞いていました。また、前に勤務した病院では、毎週のように椎間板ヘルニアを起こした椎間板の髄核が手術で切除され、その組織学的変化を観察していたことから、椎間板ヘルニアがどのようなものか、少なくとも病理学的には理解しているのです。

こういう知識のある人間でも騙されてしまうのです。おれおれ詐欺には絶対に引っかからないと豪語している人間が引っかかる可能性がある、というのに似ていると思った次第です。